みちすがら

寄り道、近道、回り道

卒業写真

少し前に、自分が書いた文章を見つけました。
その時の自分は「卒業写真」という歌を聴いて思ったことを書いたみたいでした。

以下、その文章です。

 

今日は、YouTubeにアップされていた、松任谷由実さんの卒業写真をふときく機会があり、素朴に感動して何度も聴いてしまいました。なので、それについて少し書きます。

 

主人公はきっと毎日、人ごみにもまれながら電車で通勤して、同じような仕事を毎日繰り返している。職場や日常生活の中では、ほめられることはなくて、叱られたり、どちらかというと悲しいことの方が多い。高校時代のように何気ない話や相談を出来る相手も回りにおらず、悲しみをひとりかみしめる時間が、気づけば生活の一部になっている。そんなとき、主人公が手に取るのは、卒業写真。優しく語りかけるように見つめながら、励ましをもらう。そこに主人公が見ているのは、かつての同級生の姿だけれど、彼らの姿を通して自分自身を見つめている。きっと美しかった過去の中には、本当の自分や純粋な自分が映し出されているから。そうした自分を見つめることで、自分のあるべき姿を思い出す。よし、がんばろう、と心を決める。そして少しだけ、前に進む。

 

卒業写真にかけられた魔法は、自分に過去は美しいものであると信じさせること、そして、同級生はきっと今も昔と変わらない姿でいるから、自分も自分を失わないようにしなきゃ、と感じさせること。その魔法が解けてしまいそうだったから、主人公は決して高校時代の同級生に声をかけることができない。話かけることで、みんなもやっぱり変わってしまったと気が付くのが怖いから。それに気が付いてしまったら、過去はもはや、純粋な自分でも本来の自分でもなくなってしまい、自分に残るのは、少し年老いた今の自分と色を失ったような生活だけになってしまうから。

 

卒業写真、という歌について、僕が感じたメッセージは『変わってしまった自分と美しい過去。なんとなく寂しいけれど、自分を見失わないように今日を生きていこう』って感じなのかな、と思いました。

僕は高校を卒業して、まだたったの3年ですし、まだ学生です。それなのに、過去はとても美しくて、自分は変わってしまった、そういう気持ちってなんとなくわかります。だから、きっとこの曲は過去が遠くなれば遠くなるほど心に染みる曲なのかな、と思います。

 

過去って確かに、美しく心の中に保管されているものですが、きっと過去と同じくらいに今の自分自身って美しいものだと思います。だから、今に対して悲観的になることなく、前向きに毎日を生きていきたいなと思います。